アズリテ
本と読書の歴史・ レッスン 1 / 4
人文科学 / 歴史

書物の誕生——印刷以前

読了目安 4/灯る概念:

一冊の本が、宝だった時代

あなたの手元には、おそらく、何冊もの本があるでしょう。数百円で文庫本が買え、図書館では無料で借りられ、スマホでは無数のテキストが読める。しかし、この「本が身近にある」という状態は、人類の歴史から見れば、ごく最近の、驚くべき達成です。このコースでは、本と読書の歴史を辿ります。本という「知の器」が、どう生まれ、どう世界を変え、そして今どう変わりつつあるのか。それは、知識と社会の関係の歴史そのものです。まず、印刷以前——一冊の本が、宝であった時代から、始めましょう。

手で写す、ということ

文字の発明によって、人類は、知識を記録できるようになりました。しかし、記録できることと、それを広められることは、別です。印刷技術が普及する以前、本を作る方法は、一つしかありませんでした。一冊ずつ、人の手で、書き写すのです。これを、写本と言います。

一冊の本を写すことが、どれほど大変か、想像してみてください。

  • 長い書物なら、書き写すのに、数ヶ月から数年かかることもあった
  • 写す人(写字生)には、読み書きの高い能力が必要だった
  • 紙(あるいは羊皮紙など)そのものも、高価だった

その結果、本は、極めて高価で、希少なものになりました。一冊の本が、家一軒に相当するほどの価値を持つことさえ、ありました。本は、今のような日用品ではなく、宝物だったのです。だから、本は鎖で机につながれ、厳重に守られることもありました。この「本の希少さ」が、その時代の知のあり方を、根本から規定していました。

知識は、力だった——そして、偏っていた

本が希少だということは、知識へのアクセスが、極端に偏っていたということです。

  • 本は、修道院、宮廷、限られた図書館など、特定の場所に集中していた
  • 読み書きができるのは、聖職者や、一部の富裕層など、ごく限られた人々だけだった
  • 大多数の人々は、文字が読めず、本に触れる機会も、ほとんどなかった

この状況は、前に女性史で見た「記録する側の偏り」とも、深く関わります。知識が、一部の場所と階層に独占されているとき、知識を持つことは、そのまま権威と力に結びつきます。文字を読める者だけが、聖典を解釈し、法を知り、記録を残せる。知の独占は、権力の構造と、一体だったのです。

逆に言えば、大多数の人々にとって、知識は、口伝え——人から人へ、声で伝えられるもの——でした。物語や神話は、語り継がれ、知恵は、生活の中で伝えられました。書物の知と、口伝えの知。この二つの世界が、長く並存していたのです。

「知のあり方」は、メディアで決まる

印刷以前の世界を知ることの意義は、単なる昔話ではありません。それは、知識のあり方が、それを運ぶメディア(媒体)の性質によって、根本から規定される、という洞察です。

この視点は、前に情報理論やメディアで学んだことと、つながります。知識そのものだけでなく、知識がどう記録され、複製され、流通するかが、社会の知のあり方を、そして権力のあり方を、決めるのです。この視点を持って、次のレッスンで、人類史上最大級のメディア革命——印刷革命を見ましょう。

ニュースで使う視点

知識へのアクセス、教育の格差、情報の独占に関わるニュースに触れるときは、「知識は、誰に、どれだけ開かれているか」という、本の歴史が教える問いを思い出してみてください。知のアクセスの偏りは、形を変えて、現代にも存在します。次のレッスンでは、その偏りを打ち破った、印刷革命を見ます。

理解度チェック

全問回答でレッスン完了・概念が灯ります
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Q1印刷技術が普及する以前の「本」についての説明として、最も適切なものはどれですか?
Q2「本が希少だった時代」の知のあり方として、適切なものはどれですか?