知識を「保存し、広める」技術
前レッスンの道具と火が人類の身体と暮らしを変えたなら、文字と印刷は、人類の知を根本から変えました。これらは、いわば最初の「情報技術」です。知識を保存し、複製し、広める——この能力が、文明を飛躍的に加速させました。現代の情報革命を理解する上でも、その原型となるこの技術を知ることは重要です。
文字——記憶の限界を超える
文字が発明される前、知識は、個人の記憶と口伝えに頼っていました。しかし、記憶は失われ、口伝えは不正確になり、人が死ねば知識も消えます。文字は、この限界を打ち破りました。
文字により、知識や記録は、時間と空間を越えて保存・伝達できるようになったのです。書き記せば、何世代も後の人に伝わる(時間を越える)。遠くの人に届けられる(空間を越える)。これは、決定的な変化でした。法を記録し、歴史を残し、知識を蓄積する。文字なしには、複雑な文明や国家は成り立ちませんでした。実際、最古の文字の多くが、会計や記録のために生まれたことは、文字が実用的な情報技術だったことを示しています。知識が個人の頭の外に蓄積できるようになったことで、人類は、前の世代の知の上に、次の知を積み上げられるようになったのです。
印刷——知の民主化
文字が知識を保存可能にしたなら、印刷術は、知識を大量に複製し、広く普及させることを可能にしました。特に、15世紀のグーテンベルクによる活版印刷術の普及は、決定的でした。
印刷術以前、書物は、人が一冊ずつ手で書き写すしかなく、極めて高価で希少でした。知識は、それを持てる一部の特権層(聖職者、貴族)に独占されていたのです。ところが印刷術は、書物を安価に大量生産できるようにしました。その結果、知識が、特権層から広く一般の人々へ解放された——これは「知の民主化」と呼ぶべき大転換でした。
この変化が、社会を揺るがしました。誰もが聖書を読めるようになったことは、宗教改革を後押ししました。知識が広まり、批判的に検討されるようになったことは、科学革命と啓蒙思想を支えました。情報が広く共有されることで、世論や国民意識も形成されていきました。印刷術という一つの技術が、宗教、科学、政治のすべてを動かしたのです。技術が社会を変える力の、鮮やかな実例です。
情報技術のパターン
文字と印刷の歴史は、あるパターンを示します。情報を保存・複製・伝達するコストが下がると、知識が広がり、社会が変わる、というパターンです。文字が保存を、印刷が複製・普及のコストを下げた。そして、このパターンは、現代のデジタル技術——インターネットが情報の複製・伝達コストを、ほぼゼロにした——で、極限まで進みました。印刷術が「知の民主化」を進めたように、インターネットは、誰もが情報を発信できる、さらなる民主化をもたらした。しかし、印刷術が偽情報やプロパガンダの拡散も可能にしたように、情報技術の民主化には、常に光と影があります。歴史のパターンを知ると、現代の情報の課題も、より深く見えてきます。
ニュースで使う視点
情報技術、知識へのアクセス、デジタル化、情報の拡散——情報に関わるニュースを読むときは、「情報のコストが下がることで、何が民主化され、何が課題になっているか」を、文字と印刷の歴史に照らして考えてください。次のレッスンでは、モノの生産を一変させた技術——機械と動力を見ます。