世界地図の「当たり前」を疑う
世界地図を思い浮かべてください。すき間なく国境線が引かれ、すべての土地がどこかの国に属している。私たちはこれを当たり前と感じますが、歴史的にはごく新しい状態です。
数百年前の世界は、王朝の領地が婚姻や戦争で切り貼りされ、帝国の周縁はあいまいで、人々の帰属意識は「村」や「宗教」や「殿様」に向いていました。「あなたは何人ですか?」と聞かれて「フランス人です」と即答する農民は、近代以前にはほとんどいなかったのです。
現在の世界の基本単位である国民国家——「同じ国民」という意識を持つ人々が一つの主権国家(主権国家と国際秩序)を作る仕組み——は、およそ200〜300年前に生まれ、世界に広がった発明品です。
国民はどう「作られた」か
考えてみると不思議です。会ったこともない何千万人もの人々を、なぜ「同胞」と感じられるのでしょうか。歴史家ベネディクト・アンダーソンは国民を「想像の共同体」と呼びました。想像を支えた仕掛けがあります。
- 出版と新聞:同じ言語で同じニュースを読む経験が「私たち」の感覚を作った
- 学校教育:標準語・国史・国語の授業が、方言と地域ごとにバラバラだった人々を「国民」に育てた
- 徴兵制と国民的儀式:国のために戦う義務、国旗・国歌・記念日が帰属意識を強化した
フランス革命は「国家は王のものではなく国民のもの」という原理を打ち出し、これが世界に伝播しました。日本の明治維新も、藩ごとに分かれていた人々を短期間で「日本国民」に編成し直した、国民国家建設の代表例です。
ニュースで使う視点
国民国家は強力な仕組みですが、万能ではありません。「国民」の範囲は常に論争の種だからです。移民は国民に含まれるのか。国内の少数民族の言語は守られるのか。一つの民族が複数の国に分断されていたら?——現代ニュースの多くの紛争(分離独立運動、移民排斥、領土問題)は、「国民と国家の輪郭がずれている」場所で起きています。
ナショナリズムのニュースを見たら、「この『われわれ』は、いつ・どうやって作られた物語か」(物語の力)と問うてみてください。次のレッスンでは、国民国家と並ぶ近代のもう一つのエンジン——産業革命と資本主義を見ます。