広場で問い続けた男
紀元前5世紀のアテナイ。ソクラテスは書物を一冊も残さず、広場(アゴラ)で市民と対話を重ねることに生涯を費やしました。彼の思想は弟子のプラトンが書いた対話篇を通じて今に伝わっています。
デルポイの神殿で「ソクラテス以上の知者はいない」という神託が下されたとき、ソクラテス自身は困惑しました。「私は何も知らないのに」。そこで彼は、知者と評判の政治家や詩人たちを訪ね歩き、対話します。そして気づきました。彼らは知らないのに知っていると思い込んでいる。自分は少なくとも、知らないことを知っている。
これが有名な「無知の知」です。
問答法:答えを与えず、産み出させる
ソクラテスの対話には型があります。彼は講義をしません。ただ質問するのです。
「勇気とは何ですか?」と将軍に問う。将軍が「敵に背を向けないことだ」と答えると、「では戦術的な後退は臆病ですか?」と重ねる。将軍は答えに詰まり、自分が「勇気」を実はうまく説明できないことに気づく——。
このように、質問を重ねて相手自身の言葉を吟味し、矛盾や曖昧さに本人が気づくよう導く方法を問答法と呼びます。ソクラテスはこれを、妊婦の出産を助ける産婆にたとえました(産婆術)。知識は外から注入するものではなく、対話を通じて本人の中から産み出されるものだ、というわけです。
吟味なき人生は生きるに値しない
ソクラテスの活動は、権威ある人々の無知を暴くことにもなったため、多くの恨みを買いました。彼は「若者を堕落させた」などの罪で告発され、死刑判決を受けます。逃亡の機会がありながら、彼は毒杯をあおいで刑に服しました。
裁判でソクラテスが語ったとされる言葉が残っています。「吟味なき人生は、人間にとって生きるに値しない」。
現代に生きる問答法
ソクラテスの方法は、2500年後の今も使えます。会議で「顧客満足を高めよう」と決まりかけたとき、「ここでいう満足とは具体的に何を指しますか?」と問うこと。SNSで「自由が大事だ」と主張する前に、自分の言う自由を定義してみること。大きな言葉を小さな問いで吟味する——それがソクラテスから受け継げる最初の道具です。