自由と並ぶ、もう一つの大きな価値
前レッスンの自由と並んで、政治を動かす最大の価値が平等です。そして自由と同じく、平等もまた、一つの言葉に複数の意味を含んでいます。「平等を実現せよ」と言うとき、何を平等にするのか——ここで立場が大きく分かれます。正義論や格差で触れた問いを、政治思想として深めましょう。
何を平等にするのか
平等をめぐる議論の核心は、「平等にすべき対象は何か」です。
- 機会の平等:スタートライン、挑戦の機会を等しくする。生まれや身分で差別されず、誰もが同じ土俵で競争できること。メリトクラシーの理想
- 結果の平等:最終的な取り分、状態を等しくする。所得や富の格差そのものを小さくすること
- 尊厳の平等:人としての価値や基本的な権利において、すべての人が等しく尊重されること
多くの人は「機会の平等」には賛成しますが、「結果の平等」には意見が分かれます。「頑張った人が報われるべきで、結果まで等しくするのは不公平だ」という声と、「結果の格差が大きすぎれば、機会の平等も損なわれる」という声が対立します。この対立は、自由の議論とも絡み合います。結果を平等にしようとすれば、しばしば個人の自由(稼いだものを持つ自由)を制約するからです。
「機会の平等」の落とし穴
一見、誰もが賛成できそうな「機会の平等」ですが、実は深い問題を抱えています。教育と格差の再生産で見たように、形式的に機会を揃えても、実質的なスタート地点は平等ではないからです。
「誰でも挑戦できる」と言っても、裕福な家庭に生まれた子と、貧しい家庭に生まれた子では、実際に持っている資源(教育、環境、人脈)がまるで違います。同じ入り口が開かれていても、そこにたどり着くまでの道のりが不平等なら、それは本当に平等な機会と言えるのか。だから、「真の機会の平等」を実現しようとすると、結局、生まれ育った環境の差を埋める支援——つまり結果の平等に近い施策——が必要になってくる。機会と結果は、思ったより切り分けにくいのです。
自由と平等のトレードオフ
政治思想の永遠のテーマが、自由と平等の緊張です。多くの場合、この二つはトレードオフの関係にあります。個人の自由を最大化すれば、格差(不平等)が広がりやすい。平等を追求すれば、個人の自由が制約されやすい。ロールズの正義論は、この緊張を調停しようとした試みの一つでした。
重要なのは、どちらか一方が絶対的に正しいわけではないことです。自由をまったく欠いた平等(全体主義)も、平等をまったく欠いた自由(弱肉強食)も、望ましくない。現実の政治は、この二つの価値のバランスをどこで取るかの、終わりのない調整なのです。ここに、簡単な正解はありません。
ニュースで使う視点
再分配、格差是正、機会均等、アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)——平等をめぐるニュースを読むときは、「これはどの平等の話か(機会か、結果か、尊厳か)」「自由とのバランスをどこで取ろうとしているか」を問うてください。次のレッスンでは、自由と平等の重視の違いが生む、政治の大きな対立軸——保守とリベラルを見ます。