「無宗教」というパズル
国際的な調査で「宗教を信じていますか?」と聞くと、日本人の多くは「いいえ」と答えます。ところが同じ人たちが、正月には神社に初詣へ行き、お盆には墓参りをし、受験前にはお守りを買い、葬式はお寺で挙げる。この「無宗教なのに宗教行事だらけ」という状態は、外から見ると大きな謎です。
鍵は、宗教との付き合い方の違いにあります。一神教の世界では宗教とは「どの教団に属し、何を信じるか」です。一方日本では、教団への帰属や教義への信仰は薄いまま、行事と習俗として宗教が生きている。「信じる宗教」ではなく「する宗教」と言ってもいいでしょう。無宗教という自己申告は「宗教がない」ではなく「所属がない」の意味に近いのです。
神道と仏教——重なり合う二つの層
日本の宗教の土台は、神道と仏教の二層構造です。
- 神道:山・川・巨木など自然や祖先を「神(カミ)」として祀る、日本土着の信仰。教祖も教典もなく、共同体の祭りと結びついて続いてきました
- 仏教:6世紀に大陸から伝来。悟りと救いの教えで、死後の世界観や葬送の儀礼を日本に持ち込みました
重要なのは、この二つが千年以上神仏習合——神と仏を一体として祀るかたち——で溶け合ってきたことです。「神社とお寺は別のもの」という今の常識は、明治政府が国家神道を作るために両者を政策的に切り分けた(神仏分離)結果で、歴史的にはむしろ新しい状態です。
「生まれたら神社にお宮参り、結婚式は教会、葬式はお寺」という日本人の使い分けは、無節操なのではなく、場面ごとに宗教を使い分ける重層構造が続いていると見ることができます。
ニュースで使う視点
この構造を知っていると、いろいろなニュースの背景が読めるようになります。政治家の神社参拝が国内外で論争になるのは、神社が「ただの伝統行事」の場であると同時に、戦前の国家神道の記憶を背負う場でもあるからです。また、特定の教団と政治の関係、いわゆる宗教2世の問題のように、「所属としての宗教」が問われるニュースでは、日本社会の「宗教=習俗」という感覚と「教団」の実態とのズレそのものが論点になります。
次のレッスンでは、この「宗教と国家の距離」を制度として設計する仕組み——政教分離を学びます。