アズリテ
リスク社会を生きる・ レッスン 2 / 4
社会科学 / 社会・心理

リスクはどう伝わり、歪むか

数字は、伝え方で表情を変える

前レッスンで、人々のリスク認知が実際の危険とずれることを見ました。この「ずれ」を、さらに大きくするものがあります。それが、リスクの伝え方です。同じリスクの情報でも、どう伝えるかによって、受け取られ方は、驚くほど変わります。災害、感染症、原発、食品、新技術——リスクをめぐる社会の混乱の多くは、この「伝え方」の問題から生まれます。このレッスンでは、リスクがどう伝わり、なぜ歪むのか、そして、どうすれば適切に伝えられるのかを、リスクコミュニケーションという視点で考えます。

フレーミング——同じ事実、違う印象

リスクの伝え方で、最も強力な効果を持つのが、フレーミング(枠づけ)です。前に行動経済学で学んだように、まったく同じ事実でも、どんな言葉の枠で伝えるかで、印象が変わります。

  • 「生存率90%」と「死亡率10%」:数学的には、まったく同じ事実です。しかし、「生存率90%」は前向きに、「死亡率10%」は否定的に、受け取られやすい。同じ手術のリスクでも、どちらで説明されるかで、患者の判断が変わることが知られています
  • 相対的な表現 vs 絶対的な表現:「このリスクが2倍になる」と聞くと、大変なことに思えます。しかし、それが「1万人に1人が、1万人に2人になる」ことなら、絶対的な危険は、ごくわずかです。前に統計で学んだ、相対リスクと絶対リスクの違いです。「2倍」という表現は、しばしば人を驚かせますが、元が小さければ、増加も小さいのです

このように、リスクの数字は、伝え方の「枠」によって、まったく違う表情を見せます。だから、リスク情報を受け取るときは、「この数字は、どんな枠で語られているか」「別の枠なら、どう見えるか」を問うことが、冷静な理解の鍵になります。

なぜ、リスク伝達は難しいのか

リスクを正確に伝えることは、なぜこれほど難しいのでしょうか。いくつもの落とし穴があります。

  • 不確実性の伝達:多くのリスクには、不確実性が伴います。「確率は分からないが、可能性はある」という状態を、正確に伝えるのは難しい。断定すれば誤解を生み、曖昧にすれば不安を生みます
  • 数字の直感的な理解の難しさ:小さな確率(百万分の一など)を、人は直感的に捉えにくい。数字が、実感に結びつかないのです
  • メディアの増幅:メディアは、しばしば、恐ろしいリスクを大きく報じます。それが、前に見たリスク認知のずれを、さらに増幅します
  • 専門家と市民のギャップ:専門家が「科学的に安全」と言っても、市民は納得しないことがあります。数字だけでは、人々の不安は解消されないのです(次のレッスンで詳しく)

これらの難しさが重なって、リスクは、しばしば歪んで伝わり、社会に、過剰な不安や、逆に危険な油断を、生み出すのです。

良い伝え方の、条件

では、リスクを適切に伝えるには、どうすればよいのでしょうか。良いリスクコミュニケーションの条件を、考えてみましょう。

  • 正確に:事実を歪めず、フレーミングに自覚的に。相対リスクだけでなく、絶対リスクも示す
  • 分かりやすく:小さな確率を、身近な比較で実感できるように伝える工夫
  • 誠実に:これが最も重要です。分かっていることだけでなく、不確実なことや、分からないことも、隠さずに伝える。「まだ分かっていません」と正直に言うことが、長期的な信頼を築きます
  • 一方通行でなく:伝えて終わりでなく、人々の疑問や不安に耳を傾け、対話する

とりわけ、誠実さが鍵です。不安を煽って注目を集めるのも、逆に「絶対安全です」と安易に言い切るのも、どちらも適切な判断を妨げます。都合の悪い情報を隠せば、後で発覚したとき、信頼は崩壊します。リスクコミュニケーションは、前にレトリックで学んだように、人々を操作するのではなく、人々が自分で適切に判断できるよう、誠実に情報を届ける営みなのです。

ニュースで使う視点

リスクを報じるニュースに触れるときは、「この数字は、どんな枠(フレーミング)で語られているか」「相対リスクか、絶対リスクか」「不確実性は、誠実に伝えられているか」を問うてみてください。リスクの伝え方を読み解く目が、過剰な不安にも、危険な油断にも陥らない判断を支えます。次のレッスンでは、なぜ「安全」と「安心」がずれるのかを考えます。

理解度チェック

全問回答でレッスン完了・概念が灯ります
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Q1同じリスクの情報でも、伝え方(表現)によって受け取られ方が大きく変わる例として、適切なものはどれですか?
Q2良いリスクコミュニケーション(リスクの伝え方)に必要なこととして、最も適切なものはどれですか?