「使えない兵器」の逆説
20世紀半ば、戦争の形を根本から変える兵器が生まれました。核兵器です。あまりに破壊力が大きいため、核兵器は「使うための兵器」ではなく、「使わせないための兵器」という、逆説的な役割を担うことになりました。この論理が核抑止です。前レッスンの安全保障のジレンマと、冷戦の核心にあるこの危うい論理を、正面から考えます。
相互確証破壊——恐怖が生む平和
核抑止の中核が、相互確証破壊という考え方です。仕組みはこうです。二つの核保有国が、互いに「攻撃されても、確実に核で報復できる能力」を持つ。すると、どちらが先に攻撃しても、自国も確実に核で報復され、破滅する。だから、誰も先に攻撃できない——この「攻撃すれば共倒れ」という恐怖が、攻撃を思いとどまらせる。皮肉なことに、冷戦期に米ソが直接戦争をしなかった大きな理由が、この核抑止だったとされます。恐怖が、平和を保った。
これは、ゲーム理論的にも興味深い構造です。合理的な計算の結果として、誰も攻撃しないという均衡が生まれる。だからこそ、各国は報復能力を確保しようとし(安全保障のジレンマの核バージョン)、核軍拡が進みました。
この均衡は、どこまで安全か
しかし、ここで立ち止まる必要があります。核抑止による平和は、極めて危うい前提の上に成り立っています。
- 関係者が合理的であるという前提。もし非合理な指導者が現れたら?
- 事故や誤認が起きないという前提。誤警報で報復が始まったら?(冷戦期、誤警報で核戦争寸前まで行った事例が複数あったとされます)
- 偶発的な事態が制御できるという前提
一度でもこの前提が崩れれば、結果は人類の破局です。しかも、確率が低くても被害が甚大な事象は、期待値だけでは測れない——「めったに起きないが、起きたら取り返しがつかない」典型です。核抑止は「うまくいっている間は平和だが、一度失敗したら終わり」という、綱渡りの均衡なのです。
核をめぐる立場の対立
だからこそ、核兵器をめぐっては、鋭く立場が分かれます。上流の学びとして、両方の論理を公平に捉えましょう。
- 抑止を重視する立場:核があるからこそ大国間の戦争が防がれてきた。一方的な放棄は、かえって不安定を招く
- 廃絶を目指す立場:破局のリスクを抱え続けるのは許されない。核なき世界を目指すべきだ
どちらも、平和を願う点では同じです。しかし、「危うい均衡を維持するか」「リスクの根を断つか」で、処方箋が正反対になります。核軍縮・不拡散の交渉が難航し続けるのは、この根本的な立場の違いゆえです。簡単な答えはありませんが、両方の論理を理解することが、核をめぐるニュースを読む土台になります。
ニュースで使う視点
核実験、核軍縮交渉、核の傘、核拡散——核をめぐるニュースを読むときは、「抑止の論理(恐怖の均衡)」と「その危うさ(破局のリスク)」の両面で捉えてください。そして、抑止重視か廃絶志向かという立場の違いを見分ける。次のレッスンでは、戦争そのものを規律しようとする試み——国際人道法を見ます。