現実を、消さない技術
前レッスンで、VRは「現実を遮断して、別の世界に没入させる」技術だと学びました。しかし、仮想と現実を融合する技術には、もう一つ、まったく異なるアプローチがあります。それが、拡張現実(AR)です。VRが現実を「置き換える」のに対し、ARは、現実を残したまま、そこに情報を「重ねる」。この違いは、小さいようで、実は、技術の使われ方を、大きく変えます。そして、多くの専門家は、日常生活への影響という点では、ARのほうが大きいかもしれない、と考えています。ARとは何か、なぜそれが重要なのかを、見ていきましょう。
現実に、情報を足す
拡張現実(AR)の考え方は、その名の通り、現実を「拡張する」——現実に、情報を足す——ことです。VRとの違いを、はっきりさせましょう。
- VR:現実を遮断し、完全に別の世界へ没入させる。目の前は、すべて作られた世界
- AR:現実の風景を見せたまま、そこにコンピュータが作った情報(文字、映像、案内など)を、重ねて表示する。現実は、消えない
たとえば、スマートフォンのカメラを、街の風景に向けると、画面の中で、お店の情報や、道案内が、実際の風景に重なって表示される——これが、ARです。あるいは、外国語の看板にカメラを向けると、その場で、翻訳された文字が、看板に重なって見える。現実の世界を土台にして、そこに、デジタルな情報の層を、付け加えるのです。
VRが「別の現実に行く」技術なら、ARは「今の現実を、情報で豊かにする」技術です。どちらが優れているという話ではなく、目的が違うのです。没入して別世界を体験したいならVR、現実の生活を助けてほしいならAR、というように。
なぜ、ARは日常に溶け込むのか
多くの専門家が、日常生活への影響という点で、ARに注目するのは、なぜでしょうか。それは、ARが、現実の生活を、妨げないからです。
- VRは、装着すると、現実が見えなくなります。だから、日常生活の中で、常に使い続けるのは、難しい。歩きながら、仕事をしながら、VRの中に没入する、というわけにはいきません
- ARは、現実を見せたまま、情報を重ねます。だから、現実の生活を続けながら、使えます
この違いは、大きな意味を持ちます。ARは、日常のさまざまな場面で、私たちを助けられます。
- 道案内:歩きながら、進むべき方向が、目の前の道に重なって表示される
- 翻訳:外国語の文字が、その場で、母国語に置き換わって見える
- 作業支援:機械の修理中に、手順や、どの部品をどうするかが、目の前に表示される
- 買い物:家具を買う前に、自分の部屋に「置いてみた」様子を、確認できる
これらは、現実の作業や移動を、妨げません。むしろ、現実の能力を、拡張します。まるで、私たちが、いつでも必要な情報を「見える」ようになるかのように。この、現実に溶け込む性質ゆえに、ARは、スマートフォンのように、日常に深く浸透していく可能性がある、と見られているのです。
「現実の見え方」を、誰が決めるのか
ARが日常に浸透すると、実は、深い問いが生まれます。それは、「私たちが見る現実に、何を重ねるかを、誰が決めるのか」という問いです。
ARは、現実に情報を重ねます。しかし、どんな情報を、どう重ねるかは、その技術を提供する企業やプラットフォームが、決めます。すると——
- 現実の風景に、どんな広告が重なるか。私たちの見る世界が、商業的な情報で、埋め尽くされないか
- どの情報が表示され、どの情報が隠されるか。前にメディアで学んだ、「何を見せ、何を見せないか」という編集の力が、現実そのものに及ぶ
- 私たちの「現実の見え方」が、アルゴリズムによって、個人ごとに変えられる
つまり、ARは、私たちの見る「現実」そのものに、他者が介入する余地を、生むのです。これは、前にデジタル社会で学んだ、情報をめぐる力の問題が、いよいよ現実の知覚にまで及ぶ、ということです。ARの便利さを享受しつつ、「私が見ている現実は、誰かに操作されていないか」を問う視点が、これからますます重要になります。技術の可能性と、その裏にある力の問題を、両方見ることが、賢い付き合い方なのです。
ニュースで使う視点
AR、スマートグラス、現実に情報を重ねる技術に関わるニュースに触れるときは、「これは現実を消さず、情報を足す技術だ」という特徴と、「私の見る現実に、何を重ねるかを、誰が決めるのか」という問いを、思い出してみてください。ARの視点は、便利さの裏にある、知覚をめぐる力の問題を、読み解く力になります。次のレッスンでは、これらの技術が構想する、大きなビジョン——メタバースを見ます。