記憶は「録画」ではない
多くの人は、記憶を心の中のビデオ録画のようなものだと思っています。体験がそのまま保存され、思い出すときに再生される——このイメージは、科学的には間違いです。この誤解を正すことは、自分の記憶とのつき合い方を変え、ニュースや証言の読み方まで変えます。
記憶は毎回「作り直される」
脳科学が明らかにしたのは、記憶が再構成だということです。私たちが何かを思い出すとき、脳は保存された映像を再生しているのではなく、断片的な痕跡から、その都度、記憶を組み立て直しているのです。しかもこの組み立てには、後から得た情報、その時の感情、周囲の暗示などが混ざり込みます。だから記憶は思い出すたびに少しずつ変化し、時にはまったく起きなかったことを「鮮明に覚えている」と感じることさえあります。
これは前レッスンの脳のネットワークの性質から来ています。記憶は特定の場所にファイルとして保存されているのではなく、ニューロンのつながりのパターンとして分散して存在し、想起のたびに再活性化されるのです。
忘れることの意味
「忘れる」ことも、脳の欠陥ではなく機能です。もしすべてを完璧に覚えていたら、脳は重要な情報と些末な情報を区別できず、パンクしてしまいます。忘却は、脳が情報を取捨選択し、大事なものを残すための積極的な働きでもあります。繰り返し思い出したり、感情が強く動いたりした記憶が残りやすいのは、脳が「これは重要だ」と判断した結果です。
目撃証言という難問
記憶が再構成だという事実は、社会に重い意味を持ちます。目撃証言です。犯罪の目撃者が「はっきり覚えている」と誠実に証言しても、その記憶は取り調べの質問の仕方や、後から見た報道、時間の経過で書き換わっている可能性があります。本人に嘘をつく意図はまったくなくても、です。実際、記憶の研究は冤罪の問題に深く関わってきました。これは史料批判や統計の読み方と同じく、「一次情報だから正しい」とは限らないことを教えます。
ニュースで使う視点
「鮮明な記憶」「本人がそう証言している」という情報も、記憶の再構成という性質を踏まえて受け取る必要があります。自分自身の確証バイアスが記憶を都合よく作り替えていないか——記憶科学は、自分の記憶への健全な懐疑を教えてくれます。次のレッスンでは、脳科学最大の難問意識に挑みます。