なぜ、高い方を選ぶのか
同じような機能の商品が、片方は無名で安く、もう片方は有名ブランドで高い。多くの人が、高い方を選ぶことがあります。合理的に考えれば、機能が同じなら安い方がいいはずです(前に学んだ経済合理性)。それなのに、なぜ人はブランドにお金を払うのでしょうか。この謎を解く鍵が、記号消費という考え方です。前レッスンの「消費は自己表現」を、さらに掘り下げます。
モノは「記号」を帯びている
社会学者ボードリヤールは、現代の消費を記号消費として捉えました。人は、モノの実用的な機能だけでなく、そのモノが帯びる意味・イメージ・ステータス(記号)を消費している、という見方です。
高級腕時計を考えてみましょう。時刻を知るだけなら、スマホで十分です。それでも高級時計が売れるのは、それが「成功」「趣味の良さ」「ステータス」という記号を帯びているからです。同じように、ブランドのバッグ、高級車、話題のスポット——これらは、機能を超えた意味を提供します。「それを持つ自分」「それを選ぶ自分」のイメージを。人は、モノそのものだけでなく、モノが語るメッセージを買っているのです。
これは、前コースの言葉と似た構造です。言葉が意味を伝えるように、モノも意味を伝える。私たちは、消費を通じて、「自分は何者か」を、他者に、そして自分自身に、語っているのです。
ブランドという記号の価値
この記号消費の視点は、ブランドの力を説明します。ブランドとは、突き詰めれば、信頼と意味の集積です。長年かけて築かれたイメージ、品質の保証、そして「それを持つことの意味」。これらが、ブランドという記号に、高い価値を与えます。
だから、企業は、機能を高めるだけでなく、ブランドという記号を作り、育てることに巨額を投じます(広告は、その主要な手段です)。ブランドが確立すれば、同じような機能の商品より高く売れ、顧客は離れにくくなる(スイッチングコスト)。ブランドは、企業にとって、最も価値ある資産の一つなのです。「機能を売る」から「意味を売る」へ——これが、成熟した消費社会のビジネスの本質です。
記号消費の光と影
記号消費には、両面があります。
光:モノを通じた自己表現は、豊かな文化と多様性を生みます。ファッション、デザイン、こだわり——記号としての消費は、人生に彩りとアイデンティティの表現をもたらします。それ自体が悪いわけではありません。
影:一方で、記号消費は、際限のない欲望を生みます。記号(ステータスや流行)は、常に更新されるため、「もっと」「新しいものを」という終わりのない追いかけっこになりがちです。また、記号による差異化は、格差や見栄の競争を煽ることもあります。「持っているモノで人を判断する」風潮は、記号消費の影の面です。そして、大量の記号消費は、環境への負荷にもつながります。
ニュースで使う視点
ブランド戦略、高級品市場、流行の移り変わり、「モノより体験」への変化——消費に関わるニュースを読むときは、「ここで売られているのは、機能か、それとも記号(意味・ステータス)か」を問うてください。そして、自分の消費が、記号に振り回されていないかを、ときどき点検する。次のレッスンでは、この記号への欲望を喚起する仕掛け——広告を見ます。