アズリテ
演劇と舞台の見方・ レッスン 3 / 4
人文科学 / 芸術・文学

世界の演劇の伝統

読了目安 5/灯る概念:

「演じる」の、多様なかたち

「上手な演技」と聞くと、多くの人が、「本物そっくりに、リアルに演じること」を思い浮かべます。しかし、世界の演劇を見渡すと、それは、演劇のあり方の、ほんの一つにすぎないと分かります。世界各地には、まったく異なる原理にもとづく、多様な演劇の伝統が、育まれてきました。前レッスンまでで学んだ演劇の本質を土台に、このレッスンでは、演劇の様式の、豊かな多様性を見ます。それは、「演劇とはこういうものだ」という思い込みを、心地よく打ち破ってくれます。そして、異なる文化が、何を美しいと感じてきたかを、教えてくれます。

リアルに演じるだけが、演劇ではない

近代の西洋で発達した演劇の多くは、写実的です。舞台の上で、現実そっくりに、自然に振る舞う。まるで、本当にそこで起きているかのように演じる——これが、「良い演技」とされます。私たちが、映画やドラマで見慣れているのも、この写実的な演技です。

しかし、世界には、あえて現実を離れた、様式化された演劇が、数多くあります。これらは、「本物そっくり」を目指しません。むしろ、現実を離れた、象徴的で、様式的な表現を、追求します。

  • 様式化された動き:日常の動きとは違う、特別に洗練された、型のある動き
  • 仮面:素顔ではなく、仮面をつけて演じる。表情を消し、象徴的な存在になる
  • 歌や、詩のような台詞:普通に話すのではなく、歌い、朗唱する
  • :感情や物語を、舞踊で表現する
  • 音楽:演技と、音楽が、一体となる

たとえば、日本のは、極度に様式化された、ゆっくりとした動きと、仮面、歌、舞によって、幽玄な世界を表現します。歌舞伎は、華やかな様式美と、独特の型を持ちます。世界各地の伝統演劇も、それぞれ独自の、様式化された美を、発展させてきました。これらは、「下手だから様式的」なのではありません。あえて、現実を超えた表現を目指しているのです。

なぜ、様式化するのか

「なぜ、リアルに演じないのか。わざわざ様式化するのは、なぜか」——そう思うかもしれません。しかし、様式化には、深い意図があります。

  • 本質を、際立たせる:現実の細部を捨て、様式化することで、感情や物語の本質を、より強く、純粋に表現できる。写実では埋もれてしまうものを、浮かび上がらせる
  • 象徴の力:象徴的な表現は、具体的な現実を超えた、普遍的な意味を、担える
  • 美そのもの:様式化された動きや形の、洗練された美を、味わう。演技が、それ自体で、一つの美の表現になる
  • 観客の想像力:すべてをリアルに見せない分、観客の想像力が、働く余地が生まれる

つまり、様式化された演劇は、「現実の模倣」とは違う、別の目標を持っているのです。それは、現実を超えた美や、本質や、象徴を、表現すること。写実的な演劇が「現実のように見せる」ことを目指すなら、様式的な演劇は「現実を超えたものを、様式の力で表す」ことを目指す。どちらも、演劇の、正当なあり方なのです。何を「良い」とするかは、その文化が、何を美しいと感じるかに、深く関わっています。

思い込みを、広げる

多様な演劇の伝統を知ることの、最大の意義は、自分の思い込みを、広げることです。私たちは、自分が慣れ親しんだ様式を、「当たり前」「これが演劇だ」と思いがちです。しかし、世界の多様な演劇を知ると、それが、一つの文化の、一つの様式にすぎないと、気づきます。

これは、前に女性史や日本思想で見た、「自分の立つ足場を相対化する」営みの、芸術版です。「演劇とは、リアルに演じるものだ」という思い込みが崩れると、表現の可能性が、一気に広がって見えてきます。そして、それぞれの文化が、長い時間をかけて、独自の美を追求してきたことへの、敬意が生まれます。多様な演劇を知ることは、単に知識を増やすだけでなく、世界の豊かさと、表現の幅広さを味わう、視野を広げる体験なのです。異なる様式の美を味わえるようになることは、人生を、より豊かにしてくれます。

ニュースで使う視点

伝統芸能、世界各地の舞台芸術、異文化の表現に触れるときは、「これは、その文化が追求してきた、独自の様式美だ」という視点を持ってみてください。写実だけを基準に「リアルさ」で評価するのではなく、それぞれの様式が何を目指しているかを味わう。この視点は、多様な文化の表現を、深く楽しむ力になります。次の最終レッスンでは、現代の演劇と、社会との関わりを見ます。

理解度チェック

全問回答でレッスン完了・概念が灯ります
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Q1世界の演劇を見渡したとき、「リアルに(写実的に)演じること」についての適切な理解はどれですか?
Q2多様な演劇の伝統を知ることに、どんな意義がありますか?