外交と聞くと、条約の調印や首脳同士の握手を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし2026年8月13日から16日まで、ベルギーの首都ブリュッセルの世界遺産の広場グランプラスに現れたのは、そうした場面とは違う形の外交でした。約75万本のダリアを使い、横70メートル・縦24メートルにわたって描かれたのは、葛飾北斎の代表作「神奈川沖浪裏」——いわゆる「大波」です。日本とベルギーの国交樹立160周年を記念して制作され、設営にはベルギー在住の日本人を含む約150人のボランティアが13日早朝から従事しました。
これも立派な外交の働きかけです。外交の本体は条約や会談ですが、相手国の文化を学び、称え、公共の広場で敬意を形にすることも、関係を静かに積み上げる手段になります。花という消えものにあえて手間をかけたのは、「あなたの国の美しさを、私たちも大切に思っている」という意思表示そのものだからでしょう。
北斎の「大波」が選ばれたことにも理由があります。この絵は、荒れ狂う波のうねりを幾重にも重なる曲線で描き、遠くに小さく富士山を配置することで、自然の圧倒的な力と静けさを一枚に同居させています。日本美術を代表する構図として世界的に知られているからこそ、暖色のダリアで再現しても「大波」だと誰の目にも伝わる——だからこそ、文化を紹介する題材として選ばれたのです。デザインを担当した京都芸術大の教授は、見た人が幸せな気持ちになるようにと暖色を選んだといいます。花畑一枚が、二国間の160年を静かに物語っていました。