東京地方裁判所は9月25日、公職選挙法が18歳未満の選挙運動を禁じている規定について、憲法に違反するという判断を示しました。訴えたのは、高校生を含む17〜20歳の4人です。判決は、この規定を「表現の自由という精神的自由に対する重大な制約」とし、未成年者が自分の価値判断で選挙運動に参加することを禁じる実質的な根拠は見いだし難い、と述べたと報じられています。一方で、国への損害賠償などの請求は退けられました。
ここで目を止めたいのは、「違憲」と「賠償なし」が同じ判決に並んでいることです。裁判所は、法律が憲法に合っているかという問いと、国にお金を払わせるべきかという問いを、別々に判断します。「違憲」の二文字だけで法律がすぐ変わったと受け取ると、読み違えます。地裁の判断だけで条文が書き換わるわけではなく、その後の動きは今後の報道を待つことになります。
判決の理由は、自由権の物差しで読めます。自由権は「国家からの自由」で、なかでも表現の自由は、政治を支える権利として特に重く扱われます。だから制限する側に「なぜ必要なのか」の説明が求められます。判決が、連呼や戸別訪問の禁止といった別の規制がすでにあると触れたのも、この筋道です。行き過ぎた運動を防ぐ手段は別にあるのに、年齢で一律に禁じるのは広すぎないか、という問いです。
もう一つ、整理しておくと便利な線引きがあります。選挙で票を投じる年齢と、候補者を応援して意見を訴える運動をしてよい年齢は、別の問いです。運動は政治参加のかたちの一つで、投票よりも手前の、意見を広げる段階にあたります。今回の争点はこちらです。
次に「◯◯を禁止する」という規制のニュースを見たら、この一問を持っておくと役に立ちます。「その規制は、目的に対して手段が広すぎないか」。