「自給自足」より「分業と交換」
前レッスンで、グローバル化の光と影を見ました。では、そもそもなぜ国と国は貿易をするのでしょうか。「自分の国で作れるものは自分で作ればいい」と思うかもしれません。しかし経済学には、貿易が双方を豊かにすることを示す、美しく、そして直感に反する理論があります。比較優位です。これは経済学の中でも特に強力な発見の一つで、国際分業の理論的な核です。
「相対的に得意なもの」に集中する
比較優位の考え方は、機会費用を思い出すと分かりやすくなります。ポイントは、「絶対的に得意か」ではなく「相対的に得意か」です。
たとえ話で考えましょう。ある国Aが、車も服も、両方とも国Bより効率よく作れるとします(絶対優位)。それでも、貿易は双方を得させます。なぜか。A国は車作りが「特に」得意で、服作りは「そこそこ」だとします。すると、A国が服を作る時間で車をもっと作れる——服を作ることの機会費用(諦めた車)が大きいのです。だからA国は車に集中し、服はB国に任せて輸入したほうが、全体としてたくさん手に入る。B国も、自国の中で相対的に得意な服に集中できる。
すべてで劣る国でも、必ず「相対的に得意なもの」がある。 だから、どんな国も貿易の利益を得られる——これが比較優位の驚くべき結論です。各自が得意分野に特化して交換すれば、全員が豊かになる。これは個人の分業にも当てはまる、普遍的な原理です。
理論の美しさと、現実の複雑さ
比較優位は、自由貿易を支持する最も強力な論拠です。しかし、前レッスンの揺り戻しが示すように、現実の貿易政策は理論ほど単純ではありません。理由は、「全体の利益」と「個別の痛み」のギャップです。
比較優位が示すのは、あくまで国全体としての利益です。しかし、貿易で衰退する産業、職を失う労働者は、確かに存在します。「国全体では得をしているのだから我慢せよ」では、痛みを負う人は納得できません。だから、貿易の利益を活かしつつ、痛みを負う人を再分配や職業訓練で支える——この組み合わせが必要になります。財政や社会保障が、実は貿易政策と深くつながっているのです。理論の正しさと、政治の難しさは、別の問題なのです。
保護主義の誘惑
貿易で打撃を受ける産業を守るため、関税をかけて輸入を制限する——保護主義の誘惑は常にあります。短期的には自国産業を守れますが、比較優位の利益を失い、消費者は高い製品を買わされ、報復関税を招くリスクもあります(米関税をめぐる動き)。かといって、痛みを無視した自由貿易も持続しません。ここにも、単純な正解のないトレードオフがあります。
ニュースで使う視点
貿易協定、関税、保護主義、産業保護——貿易のニュースを読むときは、「比較優位による全体の利益」と「特定の産業・労働者の痛み」の両方を見てください。どちらか一方だけを見ると、自由貿易万歳にも、保護主義万歳にも偏ってしまいます。次のレッスンでは、モノの貿易を支えるお金の流れ——国際金融を見ます。