「足りない」と「余っている」が、同時に起きる
日本の住宅をめぐって、一見、矛盾した二つのニュースが、同時に流れます。「都心のマンション価格が高騰、庶民には手が届かない」——そして、「全国の空き家が増加、社会問題に」。住宅が足りないのか、余っているのか、どっちなのでしょうか。答えは、「両方」です。そして、このねじれこそ、日本の住まいの問題の核心です。前レッスンまでの知識を使って、この構造を読み解きましょう。それは、人口減少時代の日本社会の縮図でもあります。
ねじれの正体——住宅は、動かせない
このねじれの正体は、第1レッスンで見た、住宅の根本的な性質にあります。住宅は、動かせない。そして、住宅の需要は、場所に強く結びついている。
- 人口が集中する都市部では、住みたい人が多く、住宅が足りない。だから高い
- 人口が減っていく地方では、住む人が減り、住宅が余る。空き家が増える
もし住宅が、りんごのように運べるなら、余った地方の家を、足りない都心へ持っていけば、解決です。しかし、住宅は、その場所から動かせません。全国の総数では住宅が足りていても、偏在は解消されないのです。
この構造の背後には、人口の大きな流れがあります。仕事と機会を求めて、人は都市へ移動する。地方には、親世代の家が残る。相続しても、そこに住む予定はなく、売ろうにも買い手がつかない——こうして、空き家が積み上がっていきます。空き家問題は、個人の怠慢ではなく、人口移動と住宅の不動性が生む、構造的な問題なのです。
なぜ、放置される空き家が問題なのか
「余っているなら、放っておけばいいのでは?」——そうはいかないのが、この問題の厄介なところです。放置された空き家は、地域全体に、負の影響を及ぼします。
- 危険:老朽化した家屋は、倒壊の恐れがあります。地震や台風の際には、周囲への危険にもなる
- 防災・防犯:放火の対象になったり、不審者の侵入場所になったり
- 景観と、地域の価値:荒れた空き家は、街の景観を損ない、周辺の資産価値まで下げてしまう
- 連鎖:空き家が増えた地域は魅力を失い、さらに人が離れ、さらに空き家が増える——悪循環です
ここに、興味深い構造があります。空き家は、個人の財産でありながら、その放置の影響は、地域全体に及ぶのです。前に経済学で学んだ、個人の行動が他者に影響する「外部性」の問題です。だからこそ、空き家は、個人任せでは解決せず、社会的な対応が必要になるのです。
では、なぜ所有者は、空き家を放置するのでしょうか。悪意ではなく、合理的な理由があります。解体には費用がかかる。売ろうにも買い手がいない。思い出のある実家を壊す決心がつかない。制度上、更地にすると税負担が変わることが放置を促してきた面も指摘されています。個人にとっての「合理的な放置」が、社会にとっての問題を生む——これも、合成の誤謬の一種なのです。
縮む時代の、住まいの再設計
空き家問題は、より大きな問いを、私たちに突きつけます。それは、人口が減る時代に、住まいと街を、どう作り直すかという問いです。
日本の住宅政策は、長く、人口が増え続ける前提で、新築をどんどん建てる方向で進んできました。しかし、人口が減る時代には、この前提が崩れます。
- 新築中心から、既存の住宅を活かす方向へ(中古住宅の流通、リノベーション)
- 空き家を、移住や新しい用途に活かす試み
- 広がりすぎた街を、コンパクトに畳んでいく発想
空き家問題は、困った問題であると同時に、「これからの住まいと街のあり方」を考え直す、きっかけでもあります。縮小を前提に、賢く設計し直す——人口減少時代の大きなテーマが、住まいの分野で、最も具体的に現れているのです。次の最終レッスンでは、住まいをめぐる社会の仕組み——住宅政策を考えます。
ニュースで使う視点
空き家の増加、実家の相続、地方の住宅事情に関わるニュースを読むときは、「これは、人口移動と住宅の不動性が生む、構造的なねじれだ」という視点を持ってみてください。そして、都心の住宅難のニュースと、空き家のニュースを、一つの構造の両面として、つなげて読んでみてください。ねじれの構造が見えると、住宅問題の全体像が、立体的に理解できます。