住まいは、誰の問題か
住まいの経済学、最後は、視点を社会に広げます。ここまで、価格の仕組み、個人の選択、空き家問題を見てきました。最後の問いは、こうです。住まいは、個人の買い物にすぎないのか、それとも、社会が支えるべき基盤なのか。この問いへの答え方が、住宅政策——社会として、住まいにどう関わるか——を決めます。そして、住まいは、現代の格差問題とも、深く結びついています。住まいを、社会の視点で考えて、このコースを締めくくりましょう。
なぜ、住宅「政策」が必要なのか
市場の原理は、住まいの供給を、おおむねうまく調整します。しかし、市場に任せるだけでは、うまくいかない部分が、住まいには、はっきりとあります。
- 住まいを確保できない人が、出る:住まいは、生きるための基盤です。しかし、市場では、支払い能力のない人には、住まいは供給されません。低所得者、高齢者、様々な事情を抱えた人が、住まいから排除される恐れがあります
- 安全と質の、確保:利益だけを追えば、地震や火災に弱い建物や、劣悪な住環境が生まれかねません。建築の基準や、まちの計画は、市場任せにはできません
- まちの質:住宅は、地域の景観やコミュニティの一部です。個々の建築の自由と、まち全体の質の間には、調整が必要です
だから、社会は、住まいに関与してきました。困窮者向けの公営住宅や家賃の支援(福祉としての住宅)、建築の安全基準、都市計画。住まいは、市場で取引される商品であると同時に、社会が最低限を保障すべき、生活の基盤でもある——この二重性を、どうバランスさせるかが、住宅政策の核心です。前に福祉国家で見た、「どこまで社会が支えるか」という問いの、住まい版です。
住宅と、格差
住まいと社会を考える上で、避けて通れないのが、格差との関係です。前に見たように、住宅は、多くの家庭にとって、最大の資産です。だから、住宅価格の動きは、そのまま、資産格差の動きになります。
- 住宅価格が上がると、持ち家のある人の資産は膨らみ、これから買う人には、壁が高くなる。「持つ者と持たざる者」の格差が、広がります
- 世代間の格差も生まれます。安く買えた世代と、高騰後に人生を始めた世代では、同じ努力でも、到達できる資産が違ってしまう
- 親の住宅資産は、相続を通じて、次の世代の格差へと、受け継がれていきます
つまり、住宅は、現代の格差問題の、重要な現場なのです。「家賃が高くて、都市で暮らせない」「一生かけても家が買えない」という声は、単なる個人の嘆きではなく、社会の構造の問題として、世界中の都市で、政治的な争点になっています。住宅価格の上昇は、持てる者には朗報でも、社会全体としては、分断の火種にもなりうる——この両面性を、見ておく必要があります。
住まいから、社会が見える
このコースを振り返りましょう。需要と供給、人生の意思決定、人口減少と空き家、そして政策と格差。住まいという一つのテーマから、経済学、意思決定、人口問題、福祉、格差——実に多くの視点が、つながって見えてきました。
住まいは、毎月の家賃やローンという形で、誰もが向き合う、最も身近な経済です。同時に、それは、都市と地方、世代と世代、市場と福祉が交差する、社会の縮図でもあります。住まいの経済を理解することは、自分の人生の大きな選択を支えると同時に、社会の構造を、足元から理解することなのです。あなたの住まいから、社会が見える——それが、このコースの結論です。
ニュースで使う視点
住宅政策、家賃支援、住宅ローン減税、都市の住宅難に関わるニュースを読むときは、「これは、商品としての住宅と、生活基盤としての住宅の、どちらの顔に関わる話か」「格差に、どう影響するか」を考えてみてください。住まいを、個人の話と社会の話の両面から読む目は、生活に最も近い場所から、社会を理解する力になります。