国境が薄れる時代の、逆説
民族とナショナリズムのコース、最後は、現代を考えます。グローバル化が進み、モノ・カネ・情報・人が、国境を越えて、自由に行き交う時代。「国境は薄れ、やがて民族や国家の意識も、弱まっていくだろう」——かつて、そう予測する人もいました。しかし、現実は、そう単純ではありませんでした。むしろ、グローバル化が進むほど、ナショナリズムや民族意識が、かえって強まる場面が、世界各地で見られます。この逆説を、どう理解すればよいのでしょうか。これまで学んだことを踏まえ、グローバル時代の民族と国家のゆくえを、考えます。
なぜ、国境が薄れると、境界を求めるのか
「グローバル化で、国境が薄れているのに、なぜナショナリズムが強まるのか」——この逆説の鍵は、不安と反発にあります。グローバル化は、多くの恩恵をもたらす一方で、前に見たように、様々な不安や不満も生みます。
- 経済の変化と格差:グローバルな競争で、職を失ったり、格差が広がったりする。取り残されたと感じる人々の、不満
- 移民の増加:異なる文化の人々が身近に増えることへの、戸惑いや反発
- アイデンティティの揺らぎ:世界が均質化し、伝統や、自分たちの独自性が、失われていくのではないか、という不安
こうした不安や反発が生じたとき、人々は、「自分たちの国・民族」という、確かなものへの帰属を、強く求めることがあります。「われわれは何者か」というアイデンティティが揺らぐとき、その揺らぎを埋めるものとして、ナショナリズムが、力を持つのです。国境が薄れ、世界が一つになるほど、かえって「自分たちの境界」を求める心理が働く——ここに、グローバル時代の逆説があります。
そして、前レッスンで見たように、この不安は、しばしば、政治的に利用されます。不安や不満を抱えた人々に、「敵」(移民、他国、エリート)を指し示し、ナショナリズムを煽ることで、支持を集める。近年、世界各地で見られる、排外的なナショナリズムの高まりの背後には、こうした構造があります。だから、これを、単に「人々が愚かになった」と見るのではなく、その背景にある不安と、それを利用する政治を、冷静に読み解くことが大切です。
ナショナリズムを、どう捉えるか
では、私たちは、ナショナリズムを、どう捉えればよいのでしょうか。ここで、このコースを貫いてきた、光と影の両面を、改めて確認しましょう。ナショナリズムを、単純な善悪で捉えてはいけません。
- ナショナリズムには、人々に帰属意識、連帯、誇りを与える、肯定的な面がある。共同体をまとめ、民主主義や福祉(「同じ国民だから支え合う」)を支える力にもなる
- 同時に、排他、対立、暴力へと転じる、危険な面もある。前に見た民族紛争や、戦争の温床にもなる
だから、「ナショナリズムは、なくすべき悪だ」というのも、「ナショナリズムこそ、守るべき善だ」というのも、どちらも、一面的です。大切なのは、その肯定的な面を認めつつ、危険な面を自覚し、良い方向へ導くことです。
開かれた帰属を、求めて
では、これからの時代、民族と国家は、どうあればよいのでしょうか。一つの方向性は、開かれた形の帰属を模索することです。
- 閉じた排他ではなく、開かれた帰属:「われわれ」の意識を持ちつつ、それを「よそ者を排除する」方向ではなく、「多様な人々を包み込む」方向へ
- 多様性との両立:一つの民族・文化への同質化を求めるのではなく、多様性を認めながら、共通の帰属を育てる
- より大きな「われわれ」:自国民という帰属を持ちつつ、同時に、人類全体という、より大きな共同体の一員でもある、という意識
これは、簡単ではありません。前に多文化共生で見たように、「違いを抱えたまま、共に生きる」ことには、多くの困難が伴います。しかし、グローバル化が不可逆的に進む世界で、閉じた排他的なナショナリズムに戻ることは、対立と分断を深めるだけです。帰属への人間の欲求を認めつつ、それを開かれた、包摂的な形へと育てていく——これが、グローバル時代の、民族と国家をめぐる、大きな課題なのです。その答えを探すことは、私たち一人ひとりが、「どんな『われわれ』を作るのか」を考えることでもあります。
コースのまとめ
このコースでは、民族とは何か、ナショナリズムの誕生、民族紛争の構造、そしてグローバル時代の民族と国家を学びました。民族もナショナリズムも、自然で永遠のものではなく、歴史のなかで作られ、変化してきたものです。その光と影を、冷静に、多面的に理解することは、現代の最も激しい対立の一つを、宿命論や偏見に陥らず、読み解く力になります。そして、「どんな『われわれ』を作るのか」という問いは、これからの世界を生きる、私たち全員の課題なのです。
ニュースで使う視点
排外的な運動、民族主義の高まり、移民をめぐる対立、分離独立——民族とナショナリズムに関わるニュースを読むときは、「この背景に、どんな不安があるか」「誰が、それをどう利用しているか」「これは、閉じた排他か、開かれた帰属か」を考えてみてください。民族とナショナリズムを冷静に読む目は、分断の時代に、最も必要とされる教養の一つです。