「支えられている」ことに、気づく
私たちは、意識せずとも、国家の福祉制度に支えられて生きています。病気になれば医療保険が負担を軽くし、年を取れば年金が支え、失業すれば失業保険がある。こうした仕組みの総体を、福祉国家と呼びます。あまりに当たり前で、その意味を考えることは少ないかもしれません。しかし、「国家が国民の生活を支える」というこの発想は、人類の歴史から見れば、比較的新しく、そして重要な発明です。このコースでは、福祉国家の仕組みと考え方、国ごとの違い、そして課題を、政治と経済の視点から、冷静に読み解きます。まず、福祉国家とは何かから始めましょう。
生活のリスクを、社会で分かち合う
福祉国家の核心にある発想は、生活上のリスクを、個人だけでなく、社会全体で分かち合うことです。人生には、個人の努力だけでは、どうにもならないリスクがあります。
- 病気やけが:誰でも、いつ病気になるか分からない。治療には、大きなお金がかかることがある
- 失業:景気の変動や、産業の変化で、職を失うことがある。自分のせいでなくても
- 老い:誰もが年を取り、いずれ働けなくなる。その後の生活を、どう支えるか
- 障害:生まれつき、あるいは事故や病気で、障害を負うこともある
これらのリスクは、前にリスク社会で学んだように、完全には避けられません。そして、いったん直面すれば、個人や家族だけでは、対処しきれないことがあります。そこで、福祉国家は、みんなで少しずつ負担を出し合い、リスクに直面した人を支えるという仕組みを作りました。健康なときに払い、病気のときに助けられる。働けるうちに払い、働けなくなったら支えられる。これは、前に保険や確率で学んだ、リスクを分散する発想の、社会全体版です。
なぜ、近代に生まれたのか
福祉国家は、主に近代——とりわけ産業化以降に、発展しました。なぜ、この時代だったのでしょうか。それは、社会の大きな変化と関係しています。
産業化以前、人々の多くは、農村の共同体の中で暮らしていました。困ったときは、家族や親族、地域の助け合いが、セーフティネットの役割を果たしていました。しかし、産業化と都市化が進むと、状況が一変します。
- 人々は、農村の共同体を離れ、都市で労働者として働くようになった
- 都市では、頼れる親族や地域の絆が、弱まった
- そして、労働者は、失業や労働災害、病気といった、新しいリスクにさらされた
つまり、従来の助け合いの仕組み(家族・地域)が弱まる一方で、新しいリスクが増えたのです。この隙間を埋めるものとして、国家が制度的に人々を支える福祉国家が、求められました。前に労働運動や社会運動で見た、労働者たちの声も、その成立を後押ししました。福祉国家は、産業社会が生んだ課題への、社会の応答だったのです。
「自己責任」と「社会の責任」のあいだ
福祉国家という発想の根底には、深い問いがあります。それは、生活の困難は、どこまで個人の責任で、どこからが社会の責任かという問いです。
- すべてを「自己責任」とすれば、リスクに直面した人は、自分で何とかするしかない
- すべてを「社会の責任」とすれば、個人の努力の意味が薄れ、負担も際限なく増える
福祉国家は、この両極端の間で、「個人の努力だけでは対処しきれないリスクは、社会全体で支える」という、一つの答えを出したものです。ただし、「どこまでを社会が支えるべきか」には、前に見たように、価値観による対立があります。手厚く支えるべきか、最小限にとどめるべきか——これは、次のレッスン以降で見る、国ごとの違いや、政治的な論争の、核心にある問いです。福祉国家を考えることは、「私たちは、どこまで支え合う社会を目指すのか」を考えることなのです。
ニュースで使う視点
社会保障、年金、医療、失業対策、生活困窮者支援——福祉に関わるニュースを読むときは、「これは、どんな生活のリスクを、社会でどう分かち合おうとしているか」「自己責任と社会の責任の線引きが、どこにあるか」を考えてみてください。福祉国家の視点は、社会保障のニュースの、根本にある問いを見せてくれます。次のレッスンでは、福祉国家の中核をなす「社会保険」という仕組みを見ます。