あなたのことばも、変化の産物
「最近のことばは乱れている」——この嘆きは、実は、何百年も前から、繰り返されてきました。いつの時代も、年長者は若者のことばを嘆き、若者のことばは、やがて標準になっていく。前レッスンで、言語学は裁かずに観察すると学びました。その観察が明らかにする、最も重要な事実——それは、言語は、常に変化し続けている、ということです。このレッスンでは、ことばの変化の姿を見ます。それを知ると、「ことばの乱れ」論争が、まったく違って見えてきます。
言語は、ずっと変わり続けてきた
まず、動かぬ事実から。言語は、歴史を通じて、常に変化してきました。日本語も、例外ではありません。
- 発音が、変わった:昔の日本語の発音は、今とはかなり違っていました。今の私たちが昔の人の話を聞いたら、聞き取るのに苦労するでしょう
- 単語が、変わった:意味が広がったり、狭まったり、まったく別の意味になったりした単語は、無数にあります。かつて悪い意味だった言葉が良い意味になったり、その逆も
- 文法が、変わった:古文の授業を思い出してください。あの複雑な活用や助動詞の体系は、現代語では大きく変わりました
ここで、決定的なポイントがあります。今、私たちが「正しい」と思っている日本語自体が、過去の変化の産物だ、ということです。もし「変化=乱れ=悪」なら、現代日本語は、乱れきったことばだということになってしまいます。実際には、かつて「乱れ」と非難された言い方が、今では標準的な日本語として定着している例が、たくさんあります。今「乱れ」と呼ばれている表現も、百年後には、普通の日本語になっているかもしれません。歴史の視点でことばを見ると、「乱れ」とは、多くの場合、進行中の変化を、変化の途中にいる世代が呼ぶ名前なのです。
なぜ、ことばは変わるのか
言語は、なぜ変わり続けるのでしょうか。変化には、いくつもの要因が働いています。
- 発音のしやすさ:言いにくい音の並びは、言いやすい形へと、少しずつ変わっていきます。ことばは、日々使う道具なので、使いやすい形へと磨かれていく
- 意味の移り変わり:単語の意味は、使われ方の中で、広がったり、ずれたりします。比喩として使われた表現が、定着して新しい意味になることも
- 他の言語との接触:交易や交流を通じて、外国語から単語が借用されます。日本語の語彙には、中国語由来、欧米語由来のことばが、大量にあります。借用は、言語の自然な営みです
- 新しいものを、表す必要:新しい技術や概念が生まれれば、新しいことばが必要になります
- 世代間の、伝達のゆらぎ:ことばは、子どもが周囲から学び取ることで、次の世代へ受け渡されます。この受け渡しのたびに、わずかなゆらぎが生じ、それが積み重なって、変化になります
つまり、言語の変化は、堕落でも事故でもなく、使われ続ける言語の、自然な営みなのです。変化しない言語は、もはや誰にも使われていない言語だけです。変化は、言語が「生きている」証拠なのです。
変化と、規範のバランス
では、「ことばの変化は自然なのだから、何でもあり」なのでしょうか。ここは、バランスよく考えましょう。
- 言語学的には、変化は自然であり、「乱れ」と裁く科学的な根拠はない
- 一方で、社会生活の上では、場面に応じた使い分けが、現実に求められます。改まった場では、広く共有された規範的な形を使うほうが、伝わりやすく、信頼されやすい
- 規範は、「絶対の正しさ」ではなく、「その場での共有された約束事」として、理解すればよい
つまり、「規範は絶対だ、変化は乱れだ」も、「規範なんて無意味だ」も、どちらも極端です。変化を自然なものとして理解しつつ、場面に応じて規範も使いこなす——ことばの科学を知る人は、この、しなやかな態度を取れるのです。次のレッスンでは、ことばの多様性——世界の言語と方言の世界を見ます。
ニュースで使う視点
「ことばの乱れ」調査、新語・流行語、辞書の改訂に関わるニュースに触れるときは、「これは乱れか、それとも進行中の言語変化か」「今の標準も、かつての変化の産物ではないか」と考えてみてください。言語変化の視点は、ことばをめぐる世代間の論争を、冷静に、面白く読み解く力になります。次のレッスンでは、世界と日本の、ことばの多様性を見ます。