87年間だれにも崩せなかった数学の予想が、たった1本の式で倒れました。しかもその式は、1つのXの投稿に収まるほど短い。何が起きたのか、そしてなぜこれが数学の面白さの核心なのかを、ほどいてみます。
問題は「ヤコビ予想」。1939年に提示され、ざっくり言えば「ある性質(ヤコビ行列式が0でない定数)を持つ多項式の写像は、必ずきれいに逆向きにたどれる」という主張です。多くの数学者が挑み、証明も反証もできないまま87年が過ぎました。今回、数学者レヴェント・アルポゲ氏が、AIモデル Claude Fable 5 を使って反例——条件を満たすのに逆にたどれない、3次元の写像——を見つけ、次元3以上でこの予想が偽であることを確定させました。
ここで効くのが証明の性質です。「すべての場合で成り立つ」という主張は、成り立たない例がたった1つあれば崩れます。証明するには全部を示さねばならないのに、否定するには1つで足りる。この非対称のおかげで、短い反例が長年の予想を倒せるのです。「見つけるのは難しいが、確かめるのは易しい」——実際、式が短いので他の数学者が手で検算できました。
では、AIは「予想を解いた」のでしょうか。慎重に見ると、生成AIがやったのは、膨大な候補の中から反例になりそうな式を掘り当てる探索でした。式が正しいかを保証したのは、AIの自信ではなく、人間と論理の検算です。数学の確実性は、実例をいくら集めても揺らぐ帰納とは違い、一度示せば覆りません。だから最後に効くのは、やはり論理でした。
持ち帰れる読み方はこうです。AIが絡む発見のニュースを見たら、「AIが何を探したのか」と「正しさを何が確かめたのか」を切り分ける。そして数学の主張は、反例1つで覆るという非対称を思い出す。派手なAIの見出しの下で、静かに仕事をしているのは、いつも論理です。