最後の、そして根本的な問い
このコースの締めくくりは、企業をめぐる最も根本的な問いです。企業は、誰のものか。 会社の仕組み、競争、イノベーションを学んできました。しかし、これほど大きな力を持つ企業が、何のために存在し、誰に責任を負うのかは、実は答えの定まらない、価値をめぐる問いなのです。これは正義や倫理とも深くつながります。
二つの資本主義
「企業は誰のものか」をめぐって、大きく二つの立場が対立してきました。
- 株主資本主義:企業は株主のものである。株主が出資して所有しているのだから、経営者の使命は、株主のために利益を最大化することだ。社会貢献は本業ではない、という考え方。20世紀後半、特にアメリカで主流になりました
- ステークホルダー資本主義:企業は、株主だけでなく、多様な利害関係者(ステークホルダー)への責任を負う。従業員、顧客、取引先、地域社会、そして環境。企業はこれらすべてに支えられて存在するのだから、利益だけでなく、多方面への責任を果たすべきだ、という考え方
この対立は、単なる理論の話ではありません。「利益が出ているのに従業員を解雇してよいか」「株主配当を優先すべきか、賃上げすべきか」「短期の利益か、長期の持続可能性か」——現実の経営判断の、あらゆる場面に関わります。日本企業は伝統的にステークホルダー型に近いとされ、アメリカは株主型が強い、といった文化差も議論されます。
なぜ今、社会的責任が問われるのか
近年、企業に社会的責任(CSR)や、環境・社会・統治への配慮(ESG)を求める声が強まっています。なぜでしょうか。理由は、企業、特に巨大企業の影響力の大きさにあります。
現代の巨大企業は、一国の経済規模を超えることすらあります。その活動は、雇用、環境、格差、情報環境、地域社会に、甚大な影響を及ぼします。これほどの力を持つ存在が、「利益さえ上げればよい」で済ませてよいのか——この問いが、社会的責任の要求の背景にあります。力には責任が伴う、というわけです。
対立を超えて
とはいえ、単純に「利益追求は悪、社会貢献は善」とするのも短絡です。企業が利益を上げ、イノベーションし、雇用を生み、税を納めること自体が、大きな社会貢献です。利益なくして、企業は存続できず、従業員も守れません。問題は、利益を、どんな方法で、誰の犠牲の上に、どんな時間軸で追求するかです。
近年は、「社会的責任を果たすことが、長期的には企業の利益にもなる」という見方も広がっています。環境を破壊し、従業員を使い捨て、社会の信頼を失う企業は、長い目では持続できない。逆に、多様な関係者から信頼される企業は、長期的に繁栄する。株主資本主義とステークホルダー資本主義は、長期で見れば対立しないのかもしれない——こうした議論も生まれています。「企業は誰のものか」への答えは、社会がどんな経済を望むかの、鏡なのです。
ニュースで使う視点
企業の不祥事、株主と経営陣の対立、リストラと株価、ESG投資、企業の社会貢献——企業をめぐるニュースを読むときは、「これは株主資本主義的な判断か、ステークホルダー資本主義的な判断か」「企業がその影響力に見合う責任を果たしているか」を問うてください。
これで「企業と市場のしくみ」は修了です。会社とは何か、競争と独占、イノベーション、そして企業は誰のものか——経済ニュースの主役である企業を、仕組みから、そして「何のために存在するのか」という根本から理解する力を得ました。企業を見る目は、私たちがどんな経済社会を望むかを考える目でもあるのです。