「なぜか突然、眠り込んでしまうマウス」——1998年、筑波大の柳沢正史氏の研究室で見つかったこの奇妙な現象が、28年後の2026年9月9日、米国で最も権威ある医学賞の一つ「ラスカー賞」の受賞へとつながりました。基礎医学部門に、柳沢氏と米スタンフォード大のエマニュエル・ミニョー教授が選ばれたのです。
柳沢氏が着目したのは、脳内で「オレキシン」と名付けた物質を作れないようにしたマウスでした。狙っていたのとは別に、このマウスが「ナルコレプシー」に似た、突然眠りに襲われる症状を示すことに気づいたのです。ここから、神経細胞がやり取りする物質であるオレキシンが、脳の覚醒状態を保つことに関わっているという仕組みが明らかになりました。予想外の観察結果を手がかりに、当初の狙いとは違う発見にたどり着く——これは基礎研究にしばしば起きる進み方です。
この発見は、その場で終わりませんでした。オレキシンが覚醒を保つ仕組みが分かったことで、不眠症・過眠症という睡眠の異常に対する新しい治療薬の開発につながっていったのです。一つのマウスの奇妙な症状から、実際に人の役に立つ薬まで——「効く」と確かめるまでの道のりには、基礎研究の発見から臨床応用まで、長い検証の積み重ねがあります。
小さな「あれ?」という気づきが、何十年もかけて医療を変えることがある。基礎研究のニュースを読むときに、覚えておきたい視点です。