「みんなが読む」時代の到来
印刷革命は、本を安くしました。しかし、本が安くなっても、読める人が少なければ、読書は広がりません。読書が、本当に大衆のものになるのは、近代——教育が普及し、識字率が上がり、新聞や小説や図書館が登場する時代です。このレッスンでは、読書の大衆化の物語を見ます。「みんなが読める、みんなが読む」という、今では当たり前の状態が、どう作られたのか。そして、それが、人々の心と社会を、どう変えたのかを、辿りましょう。
大衆読書を、支えたもの
読書の大衆化は、いくつもの変化が、組み合わさって実現しました。
- 教育の普及と、識字率の向上:学校教育が広がり、多くの人々が、読み書きを身につけました。前にナショナリズムで見たように、近代国家は、国民に教育を施しました。その結果として、「読める人」が、社会の多数派になっていったのです
- さらなる技術の発達:印刷技術、製紙、輸送の発達で、本や新聞は、いっそう安く、速く、大量に作れるようになりました
- 新聞と雑誌:日々のニュースを届ける新聞、娯楽や知識を届ける雑誌が、大衆の日常的な読み物になりました。前に見たマスメディアの時代の、幕開けです
- 公共図書館:誰でも、無料で本を読める、公共の図書館が整備されました。お金がなくても、知識にアクセスできる——これは、知の民主化の、決定的な一歩でした
こうして、読書は、一部の特権から、大衆の日常へと変わりました。通勤の車内で新聞を読み、夜に小説を読む——そんな光景が、当たり前になったのです。
小説——「普通の人」の物語
読書の大衆化を象徴するのが、小説というジャンルの隆盛です。小説は、近代に、爆発的に広まりました。なぜ、小説は、これほど人々の心をつかんだのでしょうか。
鍵は、小説が描いたものにあります。それまでの物語の主役は、神々や英雄、王侯貴族でした。しかし、近代の小説は——
- 普通の人々の、人生や恋愛や苦悩を、描いた
- 登場人物の内面——心の動き、感情、葛藤——を、細やかに描いた
- 読者は、自分と重なる物語として、それを読んだ
読者は、小説を通じて、自分に似た誰かの人生を、体験しました。そして、前に文学で学んだように、他者の内面を体験することで、共感の力を育てました。ある研究者たちは、小説を読む文化の広がりが、見知らぬ他者への共感——ひいては人権の思想——を育てる土壌になった、とさえ論じています。小説という娯楽が、実は、近代人の感受性と、社会のあり方を、静かに形作っていたのです。
読書が作った、近代社会
読書の大衆化は、社会全体に、深い影響を与えました。前レッスンで見た流れが、大衆の規模で、本格化したのです。
- 世論の力:新聞を読む大衆が、世論を形成し、政治を動かす力になった
- 知識による、向上の道:本で学ぶことで、生まれに関わらず、知識と機会を得る道が開けた
- 共通の文化:同じ本や新聞を読むことが、共通の話題と文化を作った
もちろん、この力は、プロパガンダのような、影の形でも使われました。大衆が読むということは、大衆に読ませることで、大衆を動かせる、ということでもあったからです。読書の大衆化は、光と影の両方を持ちながら、近代社会の姿を、根本から形作りました。そして今、この「読む」という営みが、デジタルの時代に、再び大きく変わろうとしています。それを、次の最終レッスンで見ましょう。
ニュースで使う視点
出版業界、図書館、識字率、活字離れに関わるニュースに触れるときは、「読書の大衆化が、どれほど大きな社会的達成だったか」を思い出してみてください。誰もが読めて、誰もが本にアクセスできる、という状態は、当たり前ではなく、守り育てるべき社会の財産です。次のレッスンでは、デジタル時代の「読む」の変容を見ます。