奪い合いから、価値の創造へ
前レッスンまでで、交渉の本質と、対立の構造の読み方を見ました。このレッスンでは、いよいよ、双方が得をする合意(win-win)を、どう作り出すかを、考えます。多くの人は、交渉を、「決まった大きさのパイを、どう分けるか」の争いだと、思っています。私が多く取れば、相手は少なくなる。しかし、優れた交渉は、この発想を、超えます。パイを、奪い合うのではなく、大きくする——この創造的な発想が、win-winの鍵です。前にゲーム理論で学んだ、協力が双方に利益をもたらす、その実践編とも言えます。
パイを、大きくする
交渉には、大きく分けて、二つの考え方があります。
- パイを、分ける(奪い合う):利益の総量は決まっていて、それを、どちらが多く取るかを争う。一方の得は、他方の損(これを、ゼロサムと言います)
- パイを、大きくする(価値を創造する):利益の総量そのものを、増やす。双方が、より多くを得られる選択肢を、探す
多くの交渉は、無意識に、前者(奪い合い)の発想で、行われます。しかし、前レッスンのオレンジの例を思い出してください。姉は皮を、妹は実を求めていた。互いの利害が違ったからこそ、パイを分けるのではなく、両者を完全に満たす合意が、可能でした。これが、「パイを大きくする」ということです。
パイを大きくする鍵は、双方の利害の違いを、活かすことにあります。
- 互いが、違うものを、重視しているなら、それぞれが重視するものを、優先的に得られるよう、組み合わせる
- 一方にとって価値が低く、他方にとって価値が高いものは、後者に渡す
- 複数の争点があるなら、トレードオフを使って、「私はこれを譲るから、あなたはあれを譲って」と、交換する
一つの争点だけを見ると、奪い合いに見えます。しかし、複数の要素を視野に入れ、互いの利害の違いを活かすと、双方が、より満足できる、創造的な合意が、見つかることがあるのです。優れた交渉者は、「どう分けるか」より先に、「どうすれば、パイを大きくできるか」を、考えます。
選択肢を、増やす
パイを大きくするには、選択肢を、増やすことが、有効です。交渉が行き詰まるのは、しばしば、「AかBか」という、少ない選択肢で、争っているからです。ここで、前に意思決定で学んだ、「選択肢を広げる」発想が、生きます。
- 「AかB」だけでなく、C、D、E……と、多くの選択肢を、生み出す
- 一見、突拍子もないアイデアも、まず出してみる(ブレインストーミング)
- 相手と、共に、選択肢を考える。「どうすれば、両方が満足できるか、一緒に考えましょう」
選択肢が増えれば、その中に、双方の利害を、より良く満たすものが、見つかる可能性が高まります。対立を、「二者択一の勝負」から、「共に、より良い選択肢を探す、共同作業」へと、転換する。これが、創造的な交渉の、核心です。相手を、問題を共に解く仲間として、選択肢を一緒に増やしていく——この姿勢が、win-winを可能にします。
準備が、交渉を決める——代替案を持つ
最後に、交渉で、極めて重要な、実践的な準備を紹介します。それは、「合意できなかった場合の、最善の代替案」を、考えておくことです。
交渉に臨む前に、こう自問します。「もし、この交渉が、まとまらなかったら、自分は、どうするか。その場合の、最善の道は何か」。この「代替案」を、把握しておくことが、なぜ重要なのでしょうか。
- 冷静な判断ができる:目の前の合意案が、その代替案より、良いのか悪いのか。これが分かれば、「この合意は、受け入れるべきか」を、冷静に判断できます
- 不利な合意を、避けられる:代替案があれば、「合意しないほうがマシ」な、不利な条件を、無理に飲まずにすみます。追い詰められて、悪い合意を結ぶ、という失敗を防げる
- 交渉の力になる:良い代替案があると、「合意しなくても、困らない」という余裕が生まれ、交渉における自分の立場が、強くなります
逆に、「この合意しか、道がない」と思い込むと、足元を見られ、不利な条件を、飲まされがちです。だから、交渉の前に、代替案を準備しておくことが、賢い交渉の、要となります。「合意が唯一の道ではない」と知っていることが、かえって、良い合意を引き寄せるのです。これは、前に意思決定で学んだ、「選択肢を残す」ことの、交渉版です。次の最終レッスンでは、当事者だけでは解けない対立を、第三者が助ける、仲裁と調停を見ます。
ニュースで使う視点
交渉、合意、取引に関わるニュースを読むときは、「これは、パイの奪い合いか、それとも価値を創造しているか」「双方の利害の違いは、活かされているか」を考えてみてください。win-winの視点は、交渉を、勝ち負けではなく、価値の創造として読み解く力になります。次の最終レッスンでは、当事者だけでは解けない対立を助ける、第三者の役割を見ます。