「時速60キロも30キロも、そう大きくは変わらないだろう」——多くの運転者の体感は、そう感じるかもしれません。しかし9月1日から、中央線などがない「生活道路」(全国の一般道の約7割が該当)では、自動車の法定速度が一律で時速30キロに引き下げられます。
この引き下げの根拠になっているのは、衝突時の速度と歩行者が致命傷を負う確率の関係を示す警察庁のデータです。速度が上がるほど致死率は緩やかにではなく大きく跳ね上がるとされ、時速30キロ前後では1割程度だった致死率が、時速50キロを超えると8割以上にまで達するという報告もあります。運転者が体感で「少し速いだけ」と感じる差が、歩行者にとっては生死を分ける差になりうるのです。「危ない」という感覚と、データが示すリスクは、必ずしも一致しません。
もう一つ注目したいのは、対策の向け先です。今回のルールは「運転者に注意を呼びかける」ものではなく、法定速度そのものを変えるという、環境側の設計変更です。個人の注意力に頼るのではなく、環境を変えることで集団全体のリスクを下げるという考え方は、公衆衛生の分野で使われてきた発想と同じ構造を持っています。「気をつけてください」という呼びかけだけでは、注意力には個人差があり、疲れている日もあります。ルールや環境そのものを変えれば、その効果は特定の誰かの注意力に依存しません。
体感では気づきにくい変化ほど、データに裏づけられたルールで補う。今回の速度引き下げは、身近な道路のニュースを通じてその発想に触れられる一例です。