「時速194キロで死亡事故を起こしても、危険運転にはあたらない」——数年前、そんな判断が実際に争われました。改正前の法律では、危険運転かどうかを「進行を制御することが困難な高速度」といった言葉で判断していたからです。抽象的な要件は、裁判所ごとに適用がばらつく余地を残していました。
2026年7月21日、この曖昧さに数値の線を引く改正自動車運転処罰法が施行されました。速度なら一般道で最高速度の50キロ超、高速道で60キロ超。飲酒なら呼気1リットルあたり0.5ミリグラム以上。タイヤを滑らせるドリフト走行も新たに対象へ加わりました。
なぜ「数値」なのか。刑罰を科す法律には、罪刑法定主義という土台があります。「何が犯罪か」があらかじめはっきりしていなければ、人は自分の行為が罰せられるかを予測できません。抽象的な言葉は、その予測可能性を弱めます。数値基準は、法が本来持つべき明確さを取り戻す試みだと読めます。
ただ、線を引くことには代償もあります。時速49キロ超過と50キロ超過は、危険さがほとんど変わらなくても、線の内と外で扱いが分かれます。逆に、基準の直前でとどまれば形式上は外れる。明確さは予測可能性を生む一方で、個別の事情をならして切り捨てる割り切りとセットです。ここには、明確さと柔軟さというトレードオフが横たわっています。
賛否を急ぐ前に、持ち帰れる読み方はこうです。抽象的な言葉を数値に置き換える立法を見たら、「何がはっきりしたか」と「線引きで何が切り捨てられたか」を対で見る。この物差しは、次にどんな「◯◯を数値で規制する」ニュースが来ても、そのまま使えます。