「小惑星に探査機を表面400mまで近づけた」と聞くと、宇宙好きの技術自慢のように見えるかもしれません。でも、この接近が本当に狙っていたのは、遠い宇宙の話ではなく、私たちの足元のリスクです。
トリフネのような小惑星が地球にぶつかる確率は、どの年をとってもごくわずか。だから普段は忘れていられます。ところが、いざ大きな天体が当たれば被害は文明規模になります。この「めったに起きないが、起きたら桁違い」という組み合わせを、期待値とリスクの考え方は「確率が小さくても、被害の大きさを掛ければ無視できない」と教えます。宝くじの裏返しで、当たってほしくない賞金が青天井なら、確率が低くても身構える価値がある、というわけです。
問題は、天体衝突は本番で練習できないこと。だから宇宙開発の現場は、害のない小惑星でリハーサルを重ねます。今回、秒速5kmですれ違いながらレーザで距離を測れたことの意味は、「その小惑星が次にどこを通るか」を精度よく予測できるようになること。天体の位置と速度が分かるほど、軌道の見通しのブレ——不確実性が縮みます。備えの第一歩は、迎え撃つ武器ではなく、相手の居場所を正確に知ることなのです。
持ち帰れる読み方を一つ。「まず起きないから大丈夫」と「まず起きないが、起きたら終わり」は別物です。確率の低さだけでなく、被害の大きさを掛けて考える——巨大地震や新しい感染症への備えにも効く、一つのものさしです。