「AIを使えば時間が浮くはずなのに、なぜか疲れが取れない」——そんな声を聞いたことはないでしょうか。お茶の水女子大学の脳科学者・毛内拡氏への取材で語られていたのは、この一見矛盾した感覚を説明する、いくつかの手がかりです。
一つは「情報メタボ」と呼ばれる状態です。仕事の通知やSNS、AIからの提案まで、絶えず流れ込んでくる情報をそのつど取捨選択し続けることが、脳を疲弊させます。もう一つは、AIに任せることで生まれる受け身のストレスです。自分で選び、試し、失敗しながら学ぶ経験が減ると、「状況を自分で動かしている感覚」が弱まり、それ自体が負担になるといいます。
ここで役立つのが、自動化は仕事を『なくす』のではなく『中身を変える』という見方です。AIが下書きや処理を引き受けてくれる分、人間の役割は「自分で手を動かす実行者」から「AIの出力を確認し、意図に合っているか判断する監督者」へと移ります。作業時間そのものは短くなっても、負荷が消えたわけではなく、姿を変えて残っているのです。
さらに、この「確認する」という行為自体が軽い作業ではありません。「この答えは正しいか」「自分が求めていたものと合っているか」を都度判断することは、それ自体が意思決定の連続です。意思決定には情報を比べ、リスクを見積もる認知的なコストが伴い、件数が積み重なれば疲労も積み重なります。AIが速く大量の候補を出してくれるほど、人間側の確認・判断の回数もまた増える——ここに、時短と疲労が同時に起きる逆説の正体があります。
「便利な道具ほど、負荷は消えるのではなく形を変えて移動する」というこの型は、AIに限らず、検索エンジンやカーナビ、自動翻訳など、私たちの判断を助ける道具全般に共通します。新しい効率化の話を聞いたとき、「何が減って、何が新しく生まれたのか」を分けて考える癖をつけておくと、次の便利ツールのニュースも同じ型で読めます。