秋の味覚サンマが、今年は品薄です。東京・品川の鮮魚店では、1匹486円と去年の約2倍の値がついています。水産庁の調査によれば、日本近海への来遊量は前年の半数以下で、調査を始めた2003年以降で最も少ない見通しだといいます。
「海水温の上昇でサンマが近海に来なくなった」という説明を、ニュースで見た人も多いはずです。実際、水温が高いとサンマの餌となるプランクトンが減り、近海への回遊が鈍るとされています。しかし、この一因だけでは説明がつかない部分もあります。かつてサンマの主要な漁場は日本の経済水域内にありましたが、今はその多くが公海、つまり誰の所有物でもない海域に移っています。
ここで役に立つのが、「みんなのもの」であるはずの資源が、なぜ枯れていくのかという視点です。公海のサンマは、どの国が獲っても文句を言われません。ある国から見れば、「自分が獲らなければ他国が獲るだけだ」という状況では、先に、多く獲ることが合理的な選択に見えてしまいます。各国がそれぞれ合理的に振る舞った結果、全体としては資源が急速に減っていく——これが「共有地の悲劇」と呼ばれる構造です。
この構造は、有限な資源の上に成り立つ経済という、もっと大きな緊張の一つの現れでもあります。魚は、獲り過ぎなければ毎年また増える「再生可能」な資源のはずです。しかし、再生の速さを上回る速さで獲り続ければ、石油のような枯渇性の資源と同じ道をたどります。サンマの値段が上がったというニュースを見たら、「これは一時的な不漁なのか、それとも共有資源の使い方そのものの問題なのか」と、一段深く問うてみてください。