「脳が記憶をつくる」と言うとき、その現場では何が起きているのでしょうか。今回、理化学研究所と新潟大学のチームが発表したのは、神経細胞が活発に働いた瞬間に、細胞の中でどんなタンパク質が新しく作られるのかを、これまでより精密に捉える解析技術です。その道具を使って、記憶に関わるものを含む399種類のタンパク質が、刺激に応じて合成を増やすことを確かめました。
この発表のいちばんの読みどころは、発見そのものより、発見を可能にした「道具」にあります。科学は、天才のひらめきだけで進むわけではありません。望遠鏡が天文学を、顕微鏡が生物学を変えたように、「これまで見えなかったものを、見えるようにする方法」が、そのつど新しい問いと答えを連れてきます。活動中の神経細胞だけを選び、そこで生まれるタンパク質を読み取る——その手法ができたからこそ、記憶をつくる分子の現場に一歩近づけたのです。
さらに興味深いのは、これまで「タンパク質を作らない」と考えられてきた領域(非コードRNAなどと呼ばれる部分)から、見逃されていた小さなタンパク質——マイクロペプチド——が数多く作られていた、という発見です。長く「ここは設計図ではない」とされてきた場所が、じつは働いていた。これは、科学の定説がどういうものかを教えてくれます。定説は「絶対の真理」ではなく、その時点の観測の限界の上に立った、いちばん確からしい地図です。より細かく見る道具が現れれば、地図は書き換わる。
持ち帰れる読み方はこうです。「新発見」のニュースを見たら、結論の派手さだけでなく、「何が新しく見えるようになったのか(=どんな道具や方法か)」を探してみてください。多くのブレイクスルーの正体は、新しい主張そのものより、それを支える新しい観測にあります。そして「作らないはずの場所が作っていた」といった意外さに出会ったら、それは科学が自分の地図を正直に描き直している瞬間なのだと、少しわくわくしながら読めるはずです。